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山形地方裁判所新庄支部 昭和55年(ワ)13号 判決

原告 沼田建設株式会社

右代表者代表取締役 大場準一

右訴訟代理人弁護士 沼澤達雄

被告 廣野医院こと 廣野典男

右訴訟代理人弁護士 勅使河原安夫

同 高橋實

同 馬場亨

主文

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、原告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告は原告に対し、三四四〇万七三〇〇円及びこれに対する昭和五五年一月一六日から支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は、被告の負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

主文同旨

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、土木、建築を業とする会社である。

2  原告は、被告との間で、次のとおり、原告を請負人とする工事請負契約を締結した。

(一)(1) 契約年月日 昭和五三年三月一二日

(2) 工事名 広野医院新築工事

(3) 工事期間 昭和五三年三月一八日から同年九月三〇日まで

(4) 工事代金 一億二六〇〇万円

(5) 代金支払方法 昭和五三年三月から同年一〇月まで、毎月末日限り一五七五万円あて支払う

(二)(1) 契約年月日 昭和五三年三月一八日

(2) 工事名 広野医院新築工事盛土及び側溝の追加工事

(3) 工事期間 昭和五三年三月一八日から同年九月三〇日まで

(4) 工事代金 一〇〇万円

(5) 代金支払方法 工事完了と同時に支払う

3  原告は、被告との間で、昭和五四年三月二四日次のとおり約した。

(一) 原告は、右2の工事代金合計一億二七〇〇万円のうち、八九九万九三二〇円を減額する。

(二) 被告は、原告の三三三万五三〇〇円の増額工事を認める。

(三) 原告は、「広野医院新築工事に関する補修工事」を昭和五四年五月一日から同月三一日までの間に完成し、これと同時に被告にその引渡しをする。

被告は、原告から右引渡しを受けた日から一四日目に工事残代金二六八三万五九八〇円を支払う。

4  原告は、右2及び3の各工事を昭和五四年五月三一日までに総て完成し、被告に引渡した。

5  被告は原告に対し、その後、右広野医院の天井貼替え、障子貼替え等の追加工事として、七五七万一四〇〇円相当の発注をし、原告は、昭和五四年一一月頃この工事を完成し、被告に引渡した。

よって、原告は被告に対し、総工事代金の残額三四四〇万七三八〇円の内金三四四〇万七三〇〇円及びこれに対する弁済期日後で原告が催告によって指定した代金支払の翌日である昭和五五年一月一六日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は認める。

2(一)  同2(一)の事実は認める。

(二) 同2(二)の事実のうち、(1)ないし(4)を認め、(5)を否認する。

3  同3の事実は認める。

4  同4の事実は否認する。

5  同5の事実は否認する。

三  抗弁

1  (同時履行)

原告主張の工事は、概略次のとおりの未履行部分があり、その工事は未完成であるから、被告は、原告が右工事を完成して引渡すまで、残代金の支払を拒絶する。

(一) 薬局等間のパーテイションレール等不完全

(二) 一、二階浴室の排水溝の錆、二階浴室の錆釘使用

(三) 二階の部屋等のクロス剥離等

(四) 二階和室の壁等不完全

(五) 一、二箇所の柱中途使用

(六) 階段手摺等の取付等不完全、階段テラゾー剥離

(七) 塔屋出入口錠未調整

(八) 車庫の外壁等不完全

(九) 機械室の塗装不完全

(一〇) 天井裏吊木等不完全

(一一) 二階奥一〇畳間等の天井不備

(一二) 外壁不備

(一三) 外部ウオールコート吹付補修の必要

(一四) 外壁面のクラック補修必要

(一五) 北西面等の壁面破壊

(一六) 南面等出入口門の石欠損

(一七) 空調コントロールボックス押さえ金具不備

(一八) 空調室の温度調節器不完全

(一九) 外部コーキング不完全

(二〇) 医院西面屋上亀裂のため漏水

(二一) 煙突破損

(二二) 外部排水管不完全

(二三) ルーフドレーン不完全

(二四) 塔屋排水管等不完全

(二五) アスファルト舗装等不完全

(二六) 玄関等の壁結露

(二七) 茶の間の床の間の壁に傷

(二八) 玄関等のロンプルーフ不完全

(二九) 茶の間等の柱、長押不完全

(三〇) 各室のドア、障子襖不完全

(三一) 階段下ドア不完全

(三二) 二階洗面所等のドア不完全

(三三) 北東側排水桝不完全

(三四) 納戸北面窓結露

(三五) レントゲン室等のガラス不完全

(三六) 医院検査台のデコラ等不完全

(三七) 医院玄関軒先モルタル等付着

(三八) 天井裏アンカーボルト不完全

(三九) 浴室のコンセント不完全

(四〇) 排水用掃除口不完全

(四一) 排水孔等の蓋、エアーポンプ不完全

(四二) 各戸不備

(四三) 各便所不完全

(四四) 一階奥一〇畳間の床框に傷、壁面にカビ

(四五) 地下油槽検査用マンホールに水浸入、流し場送油ポンプ槽内不完全

(四六) ラインポンプ、機械室バルブ、各パネルヒーター等不完全

(四七) クーリングタワー不完全

(四八) 二階浴室排水管塗装、一階奥便所止水栓、休憩室水道止水等不完全

(四九) 自動制御系統全面的に不完全

(五〇) 一、二階便所出入口パイロットランプ等、電気温水器、漏電火災警報器、ルーフドレーンヒーターコード、塔屋ルーフドレーン凍結防止電線等不完全

(五一) 一、二階配電盤、医院入口ルーフヒーター等不完全

(五二) ベランダルーフヒーターボックス、浄化槽送風ポンプ架台、煙突スチール受け皿各防錆塗装不備

(五三) 塀、基礎アンカーボルト等不完全

(五四) 東面裏門のコンクリート欠損

(五五) 敷地内盛土不完全

(五六) ベランダ、ダイワメタルワーク手摺の各錆

(五七) 補修工事に使用した駐車場の修正

(五八) 補修工事中にこわした北面植込部分レンガ七枚欠損

2  (相殺)

(一) 瑕疵修補に代わる損害賠償債権

被告は原告に対し、昭和五八年一〇月七日及び昭和五九年八月一〇日の本件各口頭弁論期日において、右1の(一)ないし(五八)の未履行(未完成)部分を含む建築工事関係、機械設備工事関係及び電気工事関係等の各瑕疵の修補に代えて後記金額の損害賠償の請求をする旨の意思表示をした。

(二) 補修工事の履行に代わる損害賠償債権

被告は、原告が、請求原因3(三)で主張する「広野医院新築工事に関する補修工事」について、原告に対し、昭和五五年六月二〇日の本件口頭弁論期日において、

(1) 建築工事関係につき、医院パーテイションの補修等五〇点

(2) 機械設備工事関係につき、オイルタンク移設工事等五点

(3) 電気工事関係につき、機械室倉庫電灯スイッチ移動等二点

の補修工事をなすべき旨を催告し、それから相当期間が経過した。

(三) 右(一)及び(二)の損害金は、次のとおりである。

(1) 一六九三万四二六〇円

本件建物の用途上、補修をせずに放置しておくことが不可能なため、被告自らの出捐でやむを得ず補修工事を了した工事代金等相当損害金の合計

(2) 五八一万五〇〇〇円

原告が、前記補修工事を履行しないため見積られた、

(イ) 補修工事費 五一四万七〇〇〇円

(ロ) 現場経費等  二五万七〇〇〇円

(ハ) 諸経費  四一万一〇〇〇円の各費用相当損害金の合計

(3) 八四万円

被告は、前記のところから、最早自らの手で本件工事関係に対処しきれなくなったので、建築関係の専門家である一級建築士訴外平田日良支に対し、原告が施行した本件工事について、契約内容と工事結果の相違及び工事の瑕疵部分並びに未完成工事部分の調査を依頼し、同訴外人に対し、その調査料等及び報酬として、合計八四万円を支払った。この支出は、原告がなすべき工事をなさないため、やむを得ずなされたものであるから、原告の債務不履行により通常生ずべき損害といえる。

(4) 一〇〇〇万円

被告は、予てからの念願であった理想的な医院を新築すると同時に自宅を新築して修養、休養の用に供し、併せて患者の完璧な治療の要望に応えるべく計画して原告に発注したものであったのに、原告は、前記のように、目に余る欠陥を露呈し、そのため、被告としては、一日として期待していた快適さを享受できず、そのうえ、原告の本件提訴により、自らの医業まで犠牲にして、裁判所へ出頭し、または代理人との打合せのため、何度も仙台市へ足を運び、更に建築士や弁護士等への出費を余儀なくされ、かような原告の一方的落度に対し、被告には何らの落度がない点などを考慮すると、原告の債務不履行によって生じた被告の精神的損害は、少なく見積っても一〇〇〇万円を下らない。

(四) 被告は原告に対し、昭和五八年一〇月七日及び昭和五九年八月一〇日の本件各口頭弁論期日において、右(一)及び(二)の各損害賠償債権合計三三五八万九二六〇円をもって、原告の本訴債権とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

全部否認する。

五  再抗弁(抗弁1に対し)

原告主張の本件工事は、全部完成し、これを被告に引渡した。

六  再抗弁に対する認否

否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因について

1  原告が、土木、建築を業とする会社であること(請求原因1)については、当事者間に争いがない。

2(一)  原、被告間において、昭和五三年三月一二日に原告主張の広野医院新築工事(以下「本工事」という。)請負契約が締結されたこと(同2(一))については、当事者間に争いがない。

(二)  原、被告間において、同月一八日に、その代金支払方法を除き、原告主張の追加工事(以下「争いのない追加工事」という。)請負契約が締結されたこと(同2(二)(1)ないし(4))については、当事者間に争いがない。

《証拠省略》によれば、争いのない追加工事については、代金支払方法に関する約定はなかったものと認められる。

3  原、被告間において、昭和五四年三月二四日に原告主張の約定がなされ、そこにおいて、八九九万九三二〇円を減額すること(同3(一))、三三三万五三〇〇円の増額工事(以下「増額工事」という。)をすること(同3(二))、原告は、右工事に関する補修工事(以下「補修工事」という。)をすること(同3(三))がそれぞれ約されたうえ、被告は、右工事の完成引渡しを受けた日から一四日目に工事残代金二六八三万五九八〇円を支払う旨の合意がなされたことについては、当事者間に争いがない。

4  原告は、「本工事」、「争いのない追加工事」、「増額工事」及び「補修工事」の各工事を各完成引度した(同4)うえ、その後、広野医院の天井貼替え、障子貼替え等の追加工事(以下「争いのある追加工事」という。)の発注を受け、これも完成引渡した(同5)旨主張するので、これについて判断する。

(一)  「争いのある追加工事」の有無について

《証拠省略》によれば、原告は、広野医院追加工事請算書と題する書面を作成し、これにおいて、天井貼替え、障子貼替え等三〇項目前後にわたる追加工事をし、これによって、請求原因5で主張する金額の債権が、請求原因2及び3の各工事代金債権の外に存するとしていることが認められる。

しかし、右のうち、床タタミ下コンパネル貼替え、同手間については、《証拠省略》により瑕疵修補の、一階障子取替え、床の間脇障子、神棚格子戸、中仕切欄間、障子、窓障子、半障子、欄間障子、障子戸、障子紙貼りについては、《証拠省略》により補修工事の、天井張替え、秋田杉洗出し、秋田杉柾貼目透かし、同工料、塗装CLについては、《証拠省略》により瑕疵修補の、絨緞貼替えについては、《証拠省略》により瑕疵修補の、プラスオールについては、《証拠省略》により補修工事の、ダクト改造については、《証拠省略》により瑕疵修補の、吹付取付直しについては、前記天井貼替え等の工事をするために、必然的に要する工事の、エアダンパー交換については、《証拠省略》により補修工事の、アートフロア、アートウイスタンについては、《証拠省略》により補修工事の、コスモフレックス、アートトップについては、《証拠省略》により瑕疵修補の、アルミ笠木については、《証拠省略》により瑕疵修補の各仕事と認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はないから、前記認定事実によっては、「争いのある追加工事」の存在を認めるに足りず、他に同追加工事の存在を認めるに足りる証拠はないから、原告の請求原因5の主張は理由がない。

そうすると、原告が被告に対して請求し得る本件各工事の残代金は、前記合意のあった工事残代金二六八三万五九八〇円のみということになる。

(二)  工事の完成引渡しについて

これについては、次のとおり、結局これを認めるべきである。

すなわち、ここにいう工事完成とは、民法六三四条にいう「瑕疵」との対比において、工事が、その予定された最後の工程まで一応終了し、かつ、構造上、用途上重要な部分が社会通念上約旨に従って施行されていることをいい、たとえその完成に至るまでの施工者の中に請負人以外の者がいたとしても、客観的完成の事実の有無を問題にしているのであるから、客観的に見て完成といえる以上、同法六三二条にいう「完成」に該当し、ただ、それが不完全なために、修補を加えなければ完全なものとならない場合には、これを瑕疵としてとらえ、あとは同法六三四条以下の担保責任としてのみ追及できるものと考えるのが相当である。

これを本件についてみるに、《証拠省略》を総合すれば、現在において、原告主張の本工事を始めとする各工事については、次のような九〇点余りにわたる補修をすべき点のあることが認められ(る。)《証拠判断省略》

薬局、診察室等間のパーテイションのレール調整、診察室入口のドア交換、パーテイションの汚れ清掃、診察室のカーテンハンガー調整及び補強、医院・住宅の境ドア交換、一、二階の浴室の排水溝受け金物取換え、休憩室等のクロス補修、二階和室のクロス補修、茶の間東面腰鳥の子貼り、天井裏主要柱をスラブまで補強、階段手摺竪子足元金物補強、塔屋出入口錠調整、西面土台水切補修、車庫南西面・北面雨仕舞・外壁補強、車庫入口枠補修及びシャッター調整、車庫・従業員出入口止水栓ボックス補修、流し場・機械室スプレーテックス補修、天井裏吊木スタイロホーム補修、マイクロダクト吊木補修、天井ダクト吹出口固定補修、食堂天井補強、一階洗面所補強、看護婦休憩室補強、薬局等天井補強、天井点検口吊木補強、二階一〇畳間子供室物入床たわみ補強、納戸・二階奥一〇畳間・子供室一〇畳間のヨシズ天井補修、空調コントロールボックス建具金物補修、待合室廊下コントロールボックス周りクロス補修、空調温度調整機周り壁補修、外部排水桝掃除、屋上ルーフドレーン留金物補修、茶の間・床の間壁補修、流し場屋上防水補修、茶の間・仏間・次の間・一階一〇畳間・二階一〇畳間長押傷の為取換え、二階一〇畳間の柱・鴨居補修、看護婦室・宿直室板戸取換え、一階段下スチールドア取換え、二階洗面所・浴室入口ドア錠取換え、北東側排水桝取換え、レントゲン室サッシガラス傷の為取換え、一階三畳間東面・一階浴室北面・薬品保管室・二階浴室・塔屋及び一階便所・食堂ランマサッシガラス傷の為取換え、薬品保管室・診察室窓膳板アルミ取換え、二階浴室水切傷の為アルミ取換え、薬局・診察室・処置室・看護婦休憩室・レントゲン暗室・検査室・薬品保管室戸棚デコラ貼換え、これらの引出し虫くい等の為取換え、住宅廊下・事務机虫くいの為取換え、天井裏型枠用留金物取外し補修等、排水用掃除口点検及び補修、掃除口開閉用金物・水道止水栓器具・掃除用ブラシ備置き、排水口・汚水口・浄化槽・油タンク・マンホール蓋調整補修、二階浴室・和室・流し場東西出入口・塔屋出入口・看護婦室サッシゴム取換え、二階浴室・一階広縁窓クレセント交換、医院出入口自動ドアのモヘア取換え、出入口ドアチェック取付け、出入口敷居取換え、流し場三畳室東面窓枠アルミビス三箇所取付け、便所目すかし不備、住宅便所・待合室手洗器固定不良補修、住宅一階便所タイル割れ取外し補修、医院便所タイル割れ取外し補修、地下油槽メーターボルト締め・マンホール蓋開閉器具備付け、油送管点検口開閉器具備付け、ラインポンプ取換え、機械室バルブ錆止め補修、一階洗面室パネルヒーター蓋調整、二階洗面室パネルヒーター取換え、パネルヒーター床足元金物取付け、機械室排水管水漏れ、機械室給湯用サービスタンク水漏れ補修、屋上クーリングタワー囲い塗装・外壁留金補修、機械室リターンダクト立上り補強、住宅系エアーハンドリングユニットパネル潰れ補修、医院系廊下側吸収口留錠取換え、機械室エアーハンドリングユニットラジエーター交換、空調用ダクト空気漏れ補修、チラヒーターカバー蓋潰れ補修、一階一〇畳間ダクト風鳴り調整、天井点検口からダンパーまでの点検用歩み板設置、一階浴室入口ファン用パイロットランプ不備取換え、二階廊下配電盤塗装、安定器補修、制御盤ランプ取換え、医院入口屋根ルーフヒーター補修、従業員駐車場補修、北面植込み部分レンガ張り、二階屋上東面不備、住宅玄関大門不備、雨戸寸法相違の為取換え、一階茶の間天井板取換え、待合室廊下・薬局・診察室・処置室・検査室の床アートトップのしみ掃除

右で認定した補修を要する部分は、極めて多数に上るばかりか、《証拠省略》を総合すると、当初、多数かつ重大な欠陥部分が、右で認定した要補修部分にまで減少したのは、注文者である被告が頼んだところの原告以外の業者の力によるところが多いことが認められる。

しかしながら、請負人である原告以外の者の手で完成したとしても、完成というを妨げないことは、前記「完成」の概念のところで示したところから明らかであり、多数の欠陥部分が残っているものの、これを医院及び住居として現に使用中であることは、被告本人の自認するところであるばかりか、これに《証拠省略》を総合すると、原告において、被告の細かい注文に怒って昭和五四年一二月下旬に本件各工事を切上げてしまったとはいえ、その工事は、補修すべき部分を残しつつも、予定された最後の工程まで一応終了しており、しかも、右の要補修部分を個別的に見ても、調整、交換、清掃、補強、貼付、貼換、取付、設置、塗装等といった、細々したやり直し的なものが大部分であるうえ、後記二3(二)で認定したとおり、右未補修分の補修費用相当損害金は、一億円を越える本件工事代金に比し、五八一万五〇〇〇円に止まっており、それが補修されなければ、医療活動に重大な支障が生じるとか、居住するうえにおいて、社会通念上とうてい受忍しがたいといった程のものは見当らず、結局は、構造上及び用途上重要な部分が社会通念上約旨に従って施工されているものと認められる。

そうすると、右補修を要する部分は、全体としては、前記「瑕疵」に止まるというべきであって、これを以て全体として「未完成」というのは当たらない。

なお、前記及び後記の事実関係から考えると、請求原因3(三)(抗弁2(二))の「広野医院新築工事に関する補修工事」の未補修分が右瑕疵の中に混在していることになるが、右未補修と瑕疵とは、実質的には同じものであるから、右未補修分についての履行は、瑕疵修補における修補の履行と選ぶところがなく、本件広野医院の新築工事を全体として一応完成したものと見、しかも、後記のとおり、その引渡しも済んでいると考えた以上、補修工事における未補修分のみを取上げて(本件工事は、機能的に一体と成っているので、右未補修分のみを特定して取上げて考えるのは、本件工事全体としては意味がない。)その分の同時履行の問題を考えるのは、本末転倒というべきである。

請負工事残代金債務が、右未補修なる部分と瑕疵なる部分にそれぞれ対応して分けられるならば、対応的部分間の同時履行の関係を認めてよい場合もあろうが、本件では、右に見たように、そのような可分性がないというべきである。

そして、医院のオープンを延ばすことはできなかったので、本件目的物である医院の引渡しを已むをえず受けたとする被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨に右で認定した事実を総合すれば、被告は、原告が本件各工事を切上げた前記昭和五四年一二月下旬に一応完成した本件医院の引渡しを受けたものと認められる。

従って、工事の完成引渡し(なお、同時履行の関係にあるのは、引渡しのみと解する。)があったとする原告の主張は理由があり、被告が抗弁1で主張する同時履行の抗弁は理由がない。

二  相殺の抗弁について

1  被告が、その主張の本件各口頭弁論期日において、その主張の各瑕疵の修補に代えて損害賠償の請求をする旨の意思表示をした事実(抗弁2(一))は、当裁判所に顕著である。

2  被告が、その主張の本件口頭弁論期日において、その主張の補修工事について、その補修工事をなすべき旨を催告した事実(抗弁2(二)の一部)は、当裁判所に顕著であり、それから相当期間が経過した事実(同2(二)の一部)は、《証拠省略》により認められる。

3  右1(瑕疵修補に代わる損害賠償)及び2(補修工事の履行に代わる損害賠償)の損害金(抗弁2(三))について

(一)  工事代金等相当損害金(抗弁2(三)(1))について(一六九三万四二六〇円分)

《証拠省略》を総合すれば、本件建物が、医院及び住居に使用されるものであったがゆえに、その用途上、これを補修せずに放置しておくと、時機を失してしまうので、已むをえず被告自らの出捐で次の(1)から(10)までの各補修工事をし、これによって、同額の工事代金等相当の損害が生じたことが認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(1) 一七〇〇円

屋上スラブクーリングタワー部配管付近から漏水したため、被告において、訴外株式会社ウエダ興産に対し、右漏水防止補修工事を依頼してその工事をしてもらい、昭和五三年一二月一九日右会社に対し、右代金一七〇〇円の支払を了した。

(2) 八四〇〇円

医院玄関入口階段のタイルが剥がれたため、被告において、訴外株式会社平田から代金六四〇〇円でタイルを買受け、このタイルを利用して他に右補修工事を依頼してその工事をしてもらい、昭和五五年八月二〇日頃右各代金合計八四〇〇円の支払を了した。

(3) 一万八〇〇〇円

一階奥便所止水栓が故障し、また薬局外側止水器付近をコーキングする必要が生じたため、被告において、訴外日本衛生工事株式会社に対し、右各補修工事を依頼してその工事をしてもらい、昭和五五年八月二七日右会社に対し、右代金一万八〇〇〇円の支払を了した。

(4) 五万四二一〇円

カヤバ浄化槽のエアーポンプ等が不備なため、被告において、訴外マルミツ衛生社こと光山昌義に対し、右補修工事を依頼してその工事をしてもらい、昭和五五年一一月五日右訴外人に対し、右代金五万四二一〇円の支払を了した。

(5) 二万五〇〇〇円

処置室天井スラブから漏水したため、被告において、訴外株式会社出羽商工に対し、右補修工事を依頼してその工事をしてもらい、昭和五五年一二月一三日右会社に対し、右代金二万五〇〇〇円の支払を了した。

(6) 一万二〇〇〇円

患者便所のタイルが剥がれたため、被告において、訴外森博に対し、右補修工事を依頼してその工事をしてもらい、昭和五六年三月二〇日右訴外人に対し、右代金一万二〇〇〇円の支払を了した。

(7) 四二〇万円

サッシ廻り、外部目地、屋上伸縮目地のシーリング、笠木部分補修、戸袋フード等のシーリング、クラック処理の各補修をする必要があるため、被告において、訴外株式会社出羽商工に対し、右補修工事を依頼してその工事をしてもらい、昭和五六年八月二五日右会社に対し、右代金四二〇万円の支払を了した。

(8) 三万五〇〇〇円

二階和室一〇畳間床の間の塗装をする必要があるため、被告において、訴外森五郎に対し、右補修工事を依頼してその工事をしてもらい、昭和五六年九月二九日右訴外人に対し、右代金三万五〇〇〇円の支払を了した。

(9) 四万円

一階メインダクトのダクトを補強する必要があるため、被告において、訴外吉野断熱工業株式会社に対し、右補修工事を依頼してその工事をしてもらい、昭和五七年二月一〇日右会社に対し、右代金四万円の支払を了した。

(10) 一二五三万九九五〇円

(ア) 外壁吹付け防水、シーリング、塀ブロック基礎補修等の必要があるため、被告において、訴外大井建設株式会社に対し、右補修工事を依頼してその工事をしてもらい、昭和五六年一二月二五日右会社に対し、右代金の内金九〇〇万円の支払を了した。

(イ) 次いで、木工事、床の間のサッシ交換、床の間補修等の必要があるため、被告において、右(ア)の会社に対し、右補修工事を依頼してその工事をしてもらい、昭和五七年一一月二九日右会社に対し、右(ア)の残金七〇万円を含めた右代金三五三万九九五〇円の支払を了した。

(二)  未補修分の費用相当損害金(抗弁2(三)(2))について(五八一万五〇〇〇円分)

原告が被告から請負った本件の工事については、前記一(請求原因について)の4の(二)(工事の完成引渡しについて)において認定したとおりの九〇点余りにわたる未補修部分があり、これが「瑕疵」に当たることもそこで認定したとおりである。そして、以上の事実関係のもとにおいては、右未補修部分の補修は、その請負人である原告においてなすべきことは明らかである。

《証拠省略》を総合すれば、原告が右未補修部分を補修しないため、これを補修するに必要な費用を見積ったところ、次の(1)から(3)までの各費用を必要とすることが判明したことが認められ、右事実によれば、同額の費用相当の損害が生じたことが認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はない。

(1) 五一四万七〇〇〇円

前記認定の未補修部分九〇点余りを補修するに要する補修工事費用

(2) 二五万七〇〇〇円

右(1)の補修工事をするときに要する人件費、交通費、保険費等の現場経費及び総合仮設費(右(1)の費用の約五パーセント)

(3) 四一万一〇〇〇円

一般管理費、電話料、電気料等の諸経費(前記(1)の費用の約八パーセント)

(三)  本件工事調査費用等相当損害金(抗弁2(三)(3))について(八四万円分)

以上で認定した事実に《証拠省略》を併せ総合して判断すれば、被告は、原告が、昭和五三年三月一二日に本工事を請負って間もなくの同年六月二七日に強雨が降り続いていてコンクリート打ちには適当でない時であるにも拘らず、コンクリート打設工事を強行してしまったことから、原告の右工事に疑問を持ち、また、外形上も早くから欠陥の目立つ本件各工事について、ますます不審の念を抱くようになり、原告の仕事振りから考え、とてもこれを放置しておくことはできないと考えたうえ、工事の専門家でない自分の手では対処できないことがはっきりしていたので、信頼の置ける一級建築士である訴外平田日良支に対し、原告が施工した本件各工事について、契約内容と工事結果の相違及び工事の瑕疵部分並びに未完成工事部分の調査を依頼し、これを受けた同訴外人は、通常なすべき範囲内において、右調査をし、これに要した調査料等として、原告から、昭和五三年一一月六日から同五八年七月四日までの間に六四万円を、また、その報酬として、原告から、同年八月五日に二〇万円をそれぞれ受領したことが認められ、他にこれを覆すに足りる証拠はなく、右事実によれば、被告の右支出は、原告がなすべき工事をなさないため、やむを得ずなされたものであって、原告の債務不履行により通常生ずべき損害というべきである。

なお、被告の注文が細かかったとしても、事実存在する瑕疵を指摘して悪いはずがなく、右注文の細かさをもって右損害を否定することはできない。

そうすると、被告の財産的損害額は、二三五八万九二六〇円となる。

(四)  慰謝料(抗弁2(三)(4))について(一〇〇〇万円分)

以上で認定した事実に被告本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を総合して判断すれば、被告は、従来から医療活動に心を砕き、昭和五二年頃から、その医療改革の一環として、入院制度を廃し、外来一本に絞り、より周到な医療を提供するという念願を持ち、理想的な医院を新築して物的施設を完備するとともに、これに併せて自宅を新築してこれを修養と休養の用に供し、もって患者の持つ完璧な治療の要望に応えるべく本件の広野医院新築工事を計画して原告に発注したものであったのに、原告は、これに応えることなく、前記のように、幾多の漏水、汚損、損傷、剥離、不良品設置、塗装不備等九〇点余りにも及ぶ瑕疵を残しており、しかも、原告は、現在に至る過程においても、契約内容に沿わない安価な資材を用いて工事をしたり、更には、補修を約束しておきながら、被告の注文が細か過ぎて仕事にならないとして、途中で切りあげてしまい、多少細か過ぎる点もないではなかったにしても、被告としては、事実存在する欠陥部分を無視しておくことが出来ないという注文者として無理もない要求をしたまでのことであって、原告がこれを放置してしまった点は、原告の落度として評価せざるを得ず、そのため、被告は、引渡しを受けたものの、一日として期待していた快適さを享受できず、不快な生活を余儀なくされ、そのうえ、原告の本件提訴により、自らの医業まで犠牲にして、裁判所に出頭したり、訴訟代理人と打合せをするために幾度も新庄市から仙台市まで足を運んだりし、また、証拠資料等の収集、保全などのため要した費用や弁護士費用も多額に上り、以上の工事経過から見て、将来に亘り当初の目的の達成は期待できず、これらによって、被告が負った精神的苦痛は重大である。しかしながら、被告には、前にも触れたように、いささか性急で細微に亘り過ぎる点があり、この点は、やはり、被告のマイナス面として評価せざるを得ない。以上の事実が認められる。そして、以上の諸点に、被告が医師という社会的地位の高い職業に就いていて、その故に地域社会のために高度な医療活動を通して社会に奉仕したいと思ったその期待がかなりの程度において阻害されていること、被告が負った財産的損害が前記(一)から(三)までにおいて認定したとおり、二三五八万九二六〇円と多額に上ること等から考え、請負契約における債務不履行の場合には、人身事故のような場合と異なり、どちらかといえば、財産的損害の賠償に重点が置かれるとはいえ、本件で被告が被った精神的苦痛に対する慰謝料は、被告主張の一〇〇〇万円ないしその半額でも高過ぎるが、なおかなり多額に上るものとみるべきであるから、結局、三五〇万円が相当と思料する。

被告の以上の損害額を合計すると、二七〇八万九二六〇円となる。

4  抗弁2(四)(相殺の意思表示)の事実は、当裁判所に顕著である。

被告は、自働債権を瑕疵修補に代わる損害賠償債権と補修工事の履行に代わる損害賠償債権とに分けつつも、損害金については、右の各債権に対応させて主張していない。

しかし、被告としては、訴訟の上では、昭和五四年三月二四日に合意のあった請求原因3(三)の補修工事について、前記工事の状況から考え、その補修が済んでいない、つまり、未履行であると見て、その履行に代わる損害賠償を主張するとともに、瑕疵があることもまた明らかであるとして、瑕疵修補に代わる損害賠償も併せて主張したものと考えられるし、前記事情から考え、右各損害賠償債権に対応させてその損害金を振分けることもできないものというべきであるから、無理もない主張と考えられるし、損害金を重複して主張しているのではなくいわば合わせて一本として主張しているのであるから、不当な主張とはいえない。

ところで、右自働債権のうち、瑕疵修補に代わる損害賠償債権については、かかる填補賠償が認められることは、前記のところから明らかであるうえ、これが民法六三四条二項により、原告主張の請負工事残代金債権と同時履行の関係にあることは明らかである。

これに対し、右自働債権のうち、履行に代わる損害賠償債権については、前記のとおり、本件工事が、全体として、一応完成し、その引渡しも済んだものと認定されたのであるから、その履行は済んでしまっているのであり、これが損害賠償債権に転化するはずがないと考えるのにも一理あるが、前記事情から考えると、部分的未履行の概念を取入れることも不可能ではなく、その未履行分についてはなお損害賠償債権に転化し得ることになるが、この場合にも、原告主張の請負工事残代金債権と同時履行の関係にあるものと見るべきであろうし、そもそもが、被告主張の損害金をその主張の各債権に振分けることができないうえ、全体として、本件工事が一応完成し、その引渡しも終わっている以上、全体として、相殺における同時履行の問題も瑕疵担保の分野で解決するのが最も合理的と考えられる。

さて、自働債権に同時履行の抗弁権が付着している場合には、相殺は許されないとされている。相殺者の一方的意思表示で相手方の抗弁権行使の機会を失わしめる結果となるからである。

しかし、原告は、被告の右相殺の主張に対し、右同時履行の抗弁を主張していない。

だが、相殺の場合には、相殺の相手方がこの抗弁権を行使しなくても、相殺者の一方的意思表示で相手方の抗弁権行使の機会が喪失するという弊害は同じであるから、この抗弁権の行使つまり主張がなくても、この抗弁権の存在自体の効果として、相殺は許されないものと解すべきである。

相殺と同時履行の関係は、一般論としては右に述べたとおりであるが、そこで相殺が許されないとされている理由は、要するに「債務ノ性質カ之ヲ許ササルトキ」(民法五〇五条一項但書)に該当するからと解されるので、為す債務や不作為債務などのように、両債権について個別に実現に履行をしなければ、その債権を成立させた目的が達せられない場合に当たるかどうかによってその許否が決せられることになる。

ところで、注文者の瑕疵修補に代わる損害賠償請求権は、請負人の債務不履行のない場合にも無過失責任の形で、瑕疵という価値の減少に対する損害賠償として生じるものであるから、本来の債務と同一性をもつものではないので、民法五三三条が正面から妥当するものではないが、衡平の見地から考え、履行上の牽連関係を認めて同時履行の関係におくこととし、これを同法六三四条二項に規定したものと考えられる。そうすると、瑕疵修補に代わる損害賠償請求権の本旨は、実質的・経済的には、請負代金を減額し、請負契約の当事者が相互に負担している債務間に等価関係をもたらすところにあり、互いに同一の原因関係に基づく金銭債権であるところからすれば、瑕疵という価値の減少を金銭に見積ったうえで、これと工事代金債権とを等価的に清算することつまり両債権の間で相殺を認めることにより衡平と便宜が実現されるのであって、相殺による相手方の抗弁権喪失の不利益は存在しないことになり、要するに、両債権ともに、現実に履行をしなければ、その目的が達せられなものではないから、両債権間に同時履行の関係を認めつつも、相殺を認めてよく、相殺が対当額につきその効力を生じる点から考えれば、両債権額に差異があっても相殺を認めるのが相当である。

従って、原告の工事残代金額二六八三万五九八〇円と被告の損害額二七〇八万九二六〇円の各債権については、その対当額において相殺の効力が生じたことになる。

三  結論

よって、本訴請求は、理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 大島哲雄)

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